「……」
事後処理にその場から離れるついでに死体も引き摺っていった隊士たちが全員去った場所で、未だセイを抱き締め続ける総司に彼女は小さく息を吐いた。
「沖田先生?」
もう一度名を呼ぶと総司はやっと顔を上げ、彼女を見た。
「有難うございました。もう皆さんいなくなったので大丈夫です。着物が届いたら着替えますので」
そう言って微笑むと、総司は眉を八の字にしながら彼女を抱き締めていた両腕を離し、そして今度は彼女の頬に両手を添えた。
「何処も無事ですか?本当に怪我はありませんでしたか?あれだけ思いっきり斬られたのに」
「…はい。顔も傷ありませんよね。あのままだったら頭から斬られていたので、咄嗟に鎖を着込んでいた事を思い出して胴を斬られて他の場所が斬られない様にしたんです」
「…そう。ですか…」
セイの言葉を確かめるようにもう一度彼女の額、首元、鎖から腹を見下ろし、そして傷が何処にも無い事を確認するとやっと頬を緩ませた。
「よかった…」
そう呟いて総司は長い息を吐くと、もう一度セイを慈しむ様に己の胸に引き寄せ、抱き締める。
「…せ…先生…」
総司の表情に、行動に、セイはぎゅっと胸が締め付けられる気持ちで顔を真っ赤にして、されるがまま彼に引き寄せられた。
彼が本当に自分の事を心配してくれているその感情が痛い程セイの中に染み込んでくる。
一方で総司はセイが今この場にいる事、生きている事を確かめるように、先程よりも更に強く、彼女を抱き締めた。
己自身を襲った絶望感や喪失感そういった感情を必死で宥める様に。
怖かった。
本当にあのままセイを失うのではないかと思った。
力を入れて抱き締める事でセイは気づいていないだろうが、今も彼の両腕は微かに震えていた。腕に力を込める事で気付かせないように誤魔化していた。
そんな彼を労わる様に、セイはそっと囁く。
「…沖田先生…私はいつだって死ぬ覚悟は出来ているんです」
「そんな風に言わないでください!」
耳元で少女の命を必死でつなぎとめるように叫ぶ総司にセイは目を丸くする。
武士として当然の事なのだ。だからそんな心配をする必要は無いのだ。そう安心して貰おうと思って囁いた言葉にまさか否定されると思っていなかったからだ。
そこにはいつもの武士として、上役としての凛とした意思の片鱗も無い、感情のままの否定にセイは眉を顰める。
「沖田先生だってそうじゃありませんか?」
「私はいいんです!私は!」
今更の事を何故彼は今否定するのか、セイがそう思って問うと、総司は彼女の肩口に顔を埋めたまま返答した。
「…私はいつ死んでもいい。傷付いてもいい…。けれど貴方は駄目です。本当は巡察なんてさせたくないんです。傷なんて付けさせたくない。怖い思いなんてさせたくない。貴女は…貴女だけは死んでは駄目なんです…」
それは今まで隊に入ってから幾度も言われてきた言葉だった。
けれどここ最近になってやっと言われなくなって、セイも総司に自分が新選組の隊士として武士とし認めて貰えたのだと思って喜んでいたのに。
今までに無いくらい切々と訴えられる言葉にセイの胸が痛む。
「…それは私が…女子だからですか…?」
やはり彼には認めて貰えていなかったのだろうか。そう落胆の気持ちを抑えながらセイは呟く。
「……」
今度は総司からの返答が無い。
やはりそういう事なのだろうか。
努力をして認められたと己が勝手に思い込んでいただけなのだ。
だったら今まで通りこれからも認めて貰えるように努力するまでだ。
「私は武士で…!」
「私が貴女を好きだからです!」
口癖になってしまったいつもの台詞を言い放つセイの声に被せる様に総司は叫んだ。
「…え…」
「私が貴女に恋情を抱いているから貴女には死んで欲しくない!ずっと傍にいて欲しいんです!」
セイを失うかと思ったあの一瞬。
総司の心はちりちりに切れてしまった。
本当はセイの肌蹴た胸元を隠す為だけなんかじゃない、それよりもちりちりに切れた己の心を補修する為に浅ましくも必死に手を伸ばし、縋る様にセイにしがみついたのだ。
抱き締めて。体温を感じて。
彼女が生きて、まだ己の胸の中にいてくれるのだと。
今にも壊れてしまいそうな自分自身の心を必死で繕った。
そしてまだ繋ぎ合せている途中の心のままに総司は叫び、――そして己が今口にした言葉に動揺した。
「っ!」
思わず息を飲んだ。
――何を言った。自分。
言葉にするつもりは無かったのに。
明かすつもりは無かったのに。
想いを吐露しないよう必死で抑え付けてきたのに。
恐る恐るセイから体を離し、総司は腕の中で俯く少女の顔を覗き込んだ。
「…」
総司にセイの心は読めなかった。
――無表情だったからだ。
「神谷さん…?」
締め付けられた腕から開放されたセイは彼から少し距離を取ると、破られた着物を隠すように肩に掛けられたままの彼の着物の襟元を押さえ肌蹴てしまう胸元を隠し、無表情のまま総司を見上げた。
「私は、沖田先生のお気持ちにお応えしなければなりませんか?」
上役の願いとして命令として総司がそう告げるのなら、セイは武士として是と答える以外の選択肢は無い。
その事を示唆した問いに、総司は慌てて否定した。
「いっ…いえっ!これは私の勝手な気持ちで!」
無表情のままのセイに違和感を感じながらも、総司は頬を染め、慌てて首を横に振った。
「私は」
セイは総司を見据える。
「沖田先生に沢山の感謝と、そして武士として誰よりも尊敬しております。――けれど、それ以上の感情は持っておりません。一方的な感情でそのように扱われるのは迷惑です」