告白2

長閑な昼下がり。
その中に不似合いな喧騒が京の町の一角で響く。
大通りから小路に入ったところで刃の交差する音が響いた。
砂利を蹴る音、男たちの雄叫びが周囲を囲む建物の壁を震わす。
家の中にいる者は身を竦めて声が音が止むのをひたすら待ち続け、一方で道の端から喧騒に巻き込まれない程度に距離を取った野次馬たちが遠巻き見守る。
新選組三番隊の巡察中、すれ違った武士然の男に隊士の一人が声をかけたところ、身分を明かさないまま男が逃げた事が発端だった。
誘い込まれる様に小路に入り込み、そしてそこで待ち受けていた男の仲間たちが隊士たちを襲った。
予想外の手勢の多さに、組長の斎藤は伍長に視線で指示を与え、伍長はそれに頷くと、襟元から呼子を出して鳴らした。

それに最初に気づいたのはセイだった。
三番隊と同じく別の順路で巡察をしていた一番隊は早々何処もかしこも騒ぎが起こる訳では決してなくいつもの様に何事も無く町を歩いていた。
隊の後方を歩いていたセイは顔を上げ、振り返る。
「どうした?神谷」
セイの異変に気付いた山口が、彼女を覗き見た。
「今、聞こえませんでしたか?」
「え?」
山口はセイの言っている事の意味が分からず、彼女が振り返る方に倣って振り返ると、すぐさまセイが動いた。
「聞こえました!」
そう叫ぶと、セイは隊列を離れ、彼らの進行方向とは逆に向かって走り出す。
「神谷!?」
「どうしました!?」
先頭を歩く総司が隊列の後方の異変に気付き、声を掛けようと振り返ると、既にセイと彼女を追った山口は走り出しており、その状況を察した他の隊士が二人に代わり手早く回答した。
「呼子です!神谷が最初に気付いて走り出しました!」
隊士が叫んだ後に、今度こそその場にいる全員が聞こえる程の音量の呼子の音が聞こえてくる。
「全く!神谷さんを追いますよ!」
総司がそう指示するよりも先に、彼自身も走り出していたが、他の隊士たちも自然とセイを追って走り出していた。
隊の誰よりも周囲の状況に敏感で、考えるよりも先に体が動くセイは時折こういった行動を取る。
その度に無謀だ、一呼吸置いてから動かなくては己の命を無駄に縮めるだけだと幾ら言い聞かせても聞かない。
だからいつも、彼女が一人で行動を起こそうとした場合、必ず誰か一人が彼女の行動に察知し、隊を離れたとしても共に動くようにしている。
実際その方が仕事の能率も上がるので止む得ず総司が取った措置である。
実は当の本人は全く知らない事であるが。
セイの後を追い、駆けつけると、斎藤たち三番隊が未だ奮闘していた。
「三番隊の援護に回ってください!」
総司の指示と共に、彼に付いて来た隊士たちはバラバラと方々に散っていく。
斎藤が総司を見て、苦虫を潰した様な表情をしていた。
よりによってお前か。お前の隊か。と。
彼はいつの頃からかよく総司に向けそういう表情を向けるようになったが、総司自身最近その表情に慣れ始めていた。
それよりも、一番最初に駆けつけた筈のセイと山口の姿が無い。
もう一度斎藤を振り返ると、彼は総司を見、そして背後を指し示すように首を横に振った。
彼の背後にある、その小路、その奥に入っていったと。
総司は背筋にぞくりと悪寒が走るのを感じながら、襲い掛かってくる刃を交わし、斎藤が示す小路に入る。
無意識に握った拳に力が入り、刀の柄にじっとりと汗が滲む。
動きが、呼吸が自然と早くなり、早く、早く追いつかなくてはと総司を追い立てる。
よく考えてみたら、セイが一人浪士を追って姿を消す時はいつもそうだと、最近気が付いた。
彼女はいつだって己の力量を省みない無茶ばかりをして、総司の心をざわつかせる。
唯、隊士一人の事。
それだけのはずなのに。
彼女への気持ちを自覚した直後から、それまでもあった焦燥感は倍増し、いつかこの全身を走るえも言われぬざわめきに倒れてしまうのではないかとさえ思える。
今回もきっと大丈夫だ。
毎回そう思うのに、武士である自分たちに同じ日が明日も来るとは限らない事は総司自身が十分に承知している。
だから『今回もきっと大丈夫だ』そう思い込むのはただの気休めだと分かっていても、日に日にそう無理やりでも思い込まなくては、明日にでもセイを失うかもしれないという喪失感に足元を掬われそうだった。

「神谷!」

山口の声に総司が顔を上げると、目の前の男が上段から振り下ろした刀に、セイが今将に斬り付けられる瞬間だった。
「!」
声は出なかった。
いつか来るかも知れないと思っていた光景。
何度も覚悟していたはずの光景。
それでも何度も構えていた筈のその瞬間が、目の前で実際に起こると、総司の中にあった想像も覚悟も、突きつけられる衝撃には何の役にも立たなかった。