「あ…あのですね」
「はい」
「あの…あの…」
「……沖田先生?何か悪い物食べたんですか?最近口篭る事多いですよね?」
女子姿のセイは首を傾げ、隣に座る総司を見上げた。
いつものように甘味屋巡りをしている二人だったが、最近の総司の様子にセイは訝しんでいた。
「そ…ソンナコトナイデスヨ」
セイが変化の原因を聞きだそうとすると、彼はいつもそう返答する。
しかし明らかにぎこちない。
「今日は兄上も斎藤兄上もいませんよ?」
「え?あれー?そう言えばいませんね?毎日一緒にいたのに」
甘味屋に着いてもう随分経つが、今初めて気が付いたように周囲を振り返り、そして驚いたようにセイを見た。
「兄上にお願いして、今日は斎藤兄上にも兄上にも付いてこないようお願いしたんです」
「どうして…」
「あの二人がいるから話せない事でもあるのかと思って……私に何か仰りたい事があるんじゃないんですか?」
元々過保護過ぎるほど祐馬と斎藤はセイの傍にいてくれたが、それも隊務第一に優先し片手間にという風だったのが、先日の総司とセイの勝負に決着が着いてから、片時とも離れる事無く…という表現が合うほどどちらか片方が常にセイの傍にいるようになった。
屯所にいる時は勿論だったが、こうやって総司と甘味屋に行く時や、彼と近所の子どもたちと遊ぶ時に等にはそれまで傍にいる事は無かったくせに、必ず総司と一緒にセイの元に訪れて、三人もしくは四人で一緒にいる事が多くなった。
あの辛党の斎藤まで、甘味屋でさえ必ず一緒にいるようになったのだ。
セイにとっては大好きな人たちに囲まれて嬉しいのだが、必ず総司は困った顔をしてセイの元に訪れるようになった。
そして、必ず何か言葉を口篭らせるのだ。
もしかしたら、自分にだけ何か伝えたい事があるのかもしれない。
そう気付いたセイは兄と斎藤にどうか一日だけでも二人の時間をくれないかと願い出たのだ。
それまでそれが普通だったのにどうしてそこまでというくらい、猛反対を受けたが、最後には渋々とだが承諾させた。
「え…セイちゃん…気付いていたんですか…?」
「やっぱり!」
「あ!いえ!あの!」
またも口篭る総司は少し頬を染めて、身を乗り出すセイから逆に距離を取るように身を引いた。
最近セイが感じた総司の変化の中で、一番の変化は彼がセイに触れなくなった事だ。
祐馬に禁止されてから減ってはいたものの相変わらず、何気無くセイの髪や頬に触れたり、手を繋いでいたりしていた。
それが決闘で対峙した以後、全く触れなくなったのだ。
もしかして。とセイの中に不安が生まれ出していたが、それを聞くのには彼女自身の覚悟も必要で、ずっと先延ばしにしていた。
けれど、もう何日も互いに違和感の感じたまま、それでも以前と変わらず毎日こうやって一緒にいるのは辛い。
覚悟を決めたセイは今尚ぎこちなく、彼女と視線を合わせる事もしなくなった総司を見上げた。
「沖田先生。もしかして私が疎ましくなりましたか?」
「へ?…えぇっ!?」
「一流の武士である先生に勝負なんて申し込んで手合わせをお願いする非常識な女子ともう一緒にいるのも嫌になってしまいましたか?」
突然の問い質しに、総司は目を白黒させる。
「疎ましくなったのならそう言ってください!本当はこうやって一緒に甘味屋回るのももう嫌になっていたのではないんですか!?そうならそう言ってください!私に気を遣って今も一緒にいて下さる方が辛いです!」
「ちょっ…ちょっと…」
顔をくしゃくしゃに歪め、総司を見るセイに、店の前を通りがかる人間や、店内にいる他の客の視線が集まり始める。
総司は女子を泣かせている不貞な男としての非難の視線を浴びながら、どうしたらよいか分からず、両手を彷徨わせた。
「…女子に負けたなんて…先生の誇りを傷付けて…名誉も落として…そんな人間が傍にいて疎ましくないはずないですもんね!私の身勝手で先生に多大なご迷惑をお掛けしてしまって申し訳ありませんでした!もう会いませんから!こうやって誘ってくださらなくても傷付きませんから!」
「セイちゃんっ!?」
涙を零し、俯くセイに総司はおろおろと彼女の肩に触れる。
その手を振り払うようにセイは体を背けた。
「触れるのが嫌な人間に優しくしないで下さい!」
「違いますって!」
「だって!」
総司はセイの両手をぎゅっと握り締め、彼女の瞳を真っ直ぐ覗き込む。
久し振りに重ねられた視線に、セイは息を飲んだ。
「…私がセイちゃんを嫌いになるはずないじゃないですか…。ここ最近斎藤さんに言われた事がずっと頭の中から離れなくて、どう接してよいか分からなかったんです…」
「…斎藤兄上が何か仰ったんですか?」
「……それは…男同士の話だから言えません…」
総司は少し頬を染め、苦笑する。
「私はあまり外聞を気にする人間では無いですし、セイちゃんと勝負して負けたのは私です。女子とか武士とか関係無く勝負を受けたのも私。負けたのも私。悔しいのは勿論悔しいですけど、別にそれもいいんですよ」
「…だったら…どうして……」
呟くセイに、総司は暫し沈黙する。
そこで彼は視線を落すと、握り締めたままのセイの両手を、大切なものを手の平に収め、扱うかのように、優しく握り締めた。
「……セイちゃんは好きな人いますか……?」
「…え?」
「…私のお嫁さんになったら 、セイちゃんは幸せですか…?」