風桜~かぜはな~14

道場に普段は聞こえない女のような高音の気合の声が聞こえてくる。
何だ何だと見物に隊士たちが一人二人と道場の入り口に溜まり始めていた。
中には総司と、最近松本法眼の助手として屯所に診察に訪れる神谷清三郎。神谷はその整った容姿から一部では実は女子ではないかと噂の人物となっていた。
「そんな程度で新選組の男たちをあしらえると思っていたんですか!甚だ遺憾ですね!失礼にも程があります!」
「…っ先生!もう一勝負お願いしますっ!」
「また同じ仕掛け方してきたらもう相手になりませんからねっ!」
「はいっ!」
セイが動けなくなるまで、総司の稽古は続いた。
「…ねぇ。セイちゃん。分かったでしょう?幾ら頑張ったって男には勝てないんですよ」
総司がいつの間にか集まった野次馬に聞こえないように小声でセイに囁く。
『神谷』ではなく、『セイ』と呼ぶという事は彼にとって、セイを男扱いをする事を止めたという事。
それが悔しくて、セイは全身を打ち付けて痛む体を抑えながら、起き上がり、総司を睨む。
「うぅっ…っ!」
「本当は傷なんか作らせたくなかったんですけど幾ら言っても分かってもらえないから…。もうセイちゃんもいい年頃です。素敵な旦那様を見つけてお嫁に行って幸せになってください。いつまでも新選組に関わっていてもいい事なんてありませんよ?」
「嫌ですっ!」
「富永さんならきっとよい縁談を持ってきてくれますよ?」
「嫌ですっ!」
「何だったら近藤先生にお願いして選んで頂きますか?」
「嫌です嫌です嫌ですっ!」
総司は長い溜息を吐く。
一方でセイからは嗚咽が聞こえ始めてきた。
「富永さん呼んで来ましょうか?」
「っ…嫌です!」
「だったら泣くのを止めなさい。貴方は男としてここにお仕事に来たのでしょう?」
そう声を掛けると、嗚咽から出たしゃっくりをすぐには止められないようだったが、ぴたりと泣き声が止んだ。
「もう、屯所には来ない事、すぐにお嫁に行きなさいとはいいませんから…どうか…どうか…女子として幸せになってください…」
切々と語りかけられる言葉に、セイはいつもと総司の雰囲気が違うのを察し、涙を拭かないまま顔を上げた。
向けられるのは、苦しそうに顔を歪めてこちらを真っ直ぐ見る総司の瞳。
「……」
ただ単に新選組にとって、総司にとって邪魔な存在でしかないから、それを知らしめる為に、手合わせをしてくれたのだと途中から思っていたが、今の彼の表情を見ると、本当に自分を思って彼は本来武士でもない女子でしかない自分と手合わせしてくれたのだとセイは感じた。
それでも。
彼がどんなに自分の為を思ってくれていても。
折角手に入れた機会を失う訳にはいかない。
「私が沖田先生から一本取れば、認めてくださいますか?」
「え?」
「私が沖田先生と剣術で勝てば、新選組を訪問する医師の助手として一人前である事をを認めてくださいますか?」
女子だから。と。
子どもだから。と。
剣術が至らないから。と。
総司はいつだって自分を同等には扱ってくれない。
庇護する存在としてしか見てくれない。
事実、女子なのだから、至らないのだから、仕方ないのかも知れないけれど。
それでもセイは悔しかった。
やっとの事で屯所にも出入りできるようになったのに。仕事として堂々と新選組の役に立てる機会を得たのに。
総司も祐馬も斎藤も、誰一人として、それを正当なものとして認めてくれなかった。それが悔しかった。
「セイ…ざぶろう!」
騒ぎを聞きつけた祐馬が慌てて道場に上がりこんでくる。
うつ伏せに倒れたまま上半身だけ体を起こしを顔を総司に向けたセイに慌てて駆け寄るが、セイは差し出された手を取らずに起き上がった。
「三日後、もう一勝負だけお願いします」
セイは立ち上がると、深く頭を下げた。