総司が人妻と盆屋へ入っていったという一騒動が起きてから数日後。
「こんにちは~!セイちゃんいますかっってうわっ!?」
診療所の玄関入った直後に投げられた医療用の刃物に総司は飛び退いた。
カッといい音を立てて、刃物が壁に突き刺さる。
「ちっ」
「お父さんっ!?」
「お前にお父さん呼ばれる筋合いは無い!」
「富永先生!?嫌われてるのは知ってますけど、いつもに増して過激じゃないですか!?」
「自分の胸に聞いてみろ」
「それ、富永さんにも言われました!最近物陰から斎藤さんと二人掛りで突然襲い掛かってくるんですけど、私、何かしましたかっ!?」
威嚇する玄庵の気配に気圧されながら総司は懸命に問い掛ける。
「父上!」
部屋の奥で仕事をしていたセイが慌てて止めに入った。
「セイちゃん!私何かしましたか!?」
「いいえ!沖田先生は何もされていません!だから父上も止めて下さいっ!」
セイは総司を見上げそう告げ、玄庵を振り返り、睨みつける。
「これに懲りて、二度と家の敷居を跨ぐな!図々しい!」
その言葉に、総司はすぐに反論した。
「それは出来ません!セイちゃん以外誰も甘味屋に付き合ってくれないんです!これくらいで『甘味スキスキ仲間』解散してたまりますかっ!」
「そんなものにセイを付き合わせるな!セイは嫁に行くんだ!」
「え!?セイちゃんお嫁に行くんですかっ!?」
「行きませんっ!勝手に決めないで下さい!」
「沖田先生!また性懲りもなく家に来たんですかっ!」
「うわぁっ!富永さんっ!?」
「あんたもいい加減止めろ」
「斎藤さんっ!?止めませんよ!」
「沖田先生!もうこの人たちほっといて行きましょう!」
里乃の元へ行き、帰ってきたセイはすっきりした顔で決意を家族に述べた。
「私は沖田先生が好きです。けれどお嫁様にして頂くつもりはありません。ただ沖田先生のお傍にいてあの人の心が安らぐなら支えになれるならそれだけでいいんです。私は私なりの方法で沖田先生の大切にされている新選組を護っていきます。沖田先生をお護りします。もし沖田先生に恋人が出来ても、結縁されても、私はそうやって傍にいられればそれでいいんです。それが私の恋の形です」
芯の通った真摯な瞳でセイはそう告げ、それに玄庵も祐馬も反論できるはずが無かった。
この武士のように真っ直ぐな少女は一度決めたら何を言われても揺らがない事を二人はよく知っていたから。
一方で盆屋事件以降屯所でセイの話をする総司を見て、祐馬は違和感を覚えた。
総司のセイに対する表情や距離感が何となくだが柔らかくなった気がするのだ。
今、目の前にいる彼はセイに対して今までに無い位柔らかい表情で微笑みかけている。しかも近藤局長や土方副長に向ける笑顔並みに気を許して。
「ふん!」
「ひぃっ!」
総司は勢いのまま振り翳す祐馬の刀を弱弱しい悲鳴を上げながら避ける。
「富永さん!また素早くなりましたねっ!?流石の私でも避けきれるか怖くなるんですけど!」
「またまた先生ご冗談を。だったら喋りながらかわさないで下さいな」
「笑顔が怖いっ!怖いです!」
「よし。富永。俺が代わろう」
「ちょっ!斎藤さんが出てきたら洒落にならないですってば!」
「何を言う。隊随一の剣客が」
「それは斎藤さんでしょっ!」
「兄上格好いいー…」
「セイちゃんっ!見てないで助けてくださいっ!」
「私もやるーっ!」
『駄目っ!』
刀を振り翳し交し続けた三者三様の攻守はセイが勢い良く手を挙げ駆け込んできた所で、終了した。
『総司はおセイさんと出会ってから、以前よりずっと、いや初めてと言ってもいいくらい、己の命を大切にするようになったんだよ。どうか総司からそんな大切な存在を奪わないでくれ』
今は亡き、山南の言葉が、今も祐馬の耳に残っている。