風桜~かぜはな~5

「…踏み台って…セイちゃん酷いですよ…私なんてあんなに大切な思い出にしてたのに…」
ぶつぶつ呟きながら歩く総司の姿を見つけ、自室で書き物をしていた山南は首を傾げた。
「どうしたんだ?総司」
「あ。山南さん」
眉間に皺を寄せていた総司は山南の姿を認めると、笑顔になった。
山南は訝しそうにしながら手招きをし、自室に彼を誘うと、棚に入れておいた菓子を差し出した。
「わぁ!有難うございます!」
さっきまでの剣呑な表情は何処へやらすっかり上機嫌になった総司は菓子を手に取り、ぱくりと運んでいた。
「セイちゃんて…富永君の妹のおセイさんかい?」
「はい。ってやだなぁ聞こえていたんですか?」
「まぁ、偶々その名前だけが耳に入ったんだよ。毎日のようにお兄さんに会いに来ている、お兄さん思いの子だよね」
「そうですよ。セイちゃんはお兄さんダイスキですから」
「屯所まで来て、そのまま総司と壬生寺でよく遊んでいたよね。喧嘩でもしたのかい?」
「…いいえ。そんなんじゃありません」
「そうか」
それ以上言葉を続ける事を拒むように無口になった総司に、山南は苦笑して、彼の気持ちに配慮するようにそれ以上深く聞くことをせずに同様に無口になった。
暫し沈黙の中、総司の菓子を頬張る咀嚼音だけが響く。
やがて何も聞かれない事に最初はほっとしていた総司だったが次第に焦れ始め、ちらちらと山南の様子を伺う。
山南はそんな総司の子どものような行動の変化にまた苦笑して、尋ねた。
「おセイさんに何か言われたのかい?」
「…私にとって大事な思い出だったのに、セイちゃんにとっては踏み台があった思い出でしかなかったんです…」
「……総司。最初から話してみようか?」
何がどうなってそうなったのかさっぱり理解の出来ない山南は、困り顔で総司の話を聞いた。
子どもの頃にも江戸で二人は出会っていた事。
総司にとってはそれまで泣き虫だった自分を変えてくれた大切な女の子との思い出だったのに、セイにとっては独り迷子になり、兄を探す為の踏み台になってくれたお兄ちゃんとしての思い出でしかなかった事。
それが総司にとっては腹立たしくてつい嫌味を言ったら蹴り飛ばされ、口論になった事。
結局セイは怒ったまま家へと帰り、総司もいつもなら家まで送るのだが、見送る事無く帰って来た事。
そんな事を総司はぽつりぽつりと話した。
全てを聞き終えて、山南は破顔してしまう。
「総司、それは仕方が無い事だと思うよ」
「そうしょうか!?」
「自分にとって大切な思い出を相手にとっても大切であって欲しいと願う気持ちは分かるけど、皆が皆そうはいかないよ」
「そうですけど…」
「総司はおセイさんが好きなんだね」
自分の大切な思い出を相手にとっても大切なものとして共有したい。そう願うのは恋以外の何物でも無いのにそれに気づかずにいる総司に山南は笑ってしまった。
「好きですよ。近藤先生と土方さんの次に。あ!勿論山南さんも好きです!」
「ありがとう。けれどそうじゃなくて」
「?」
「おセイさんを恋しいんだね」
「……????」
「お嫁さんには貰わないのかい?」
「すみません。山南さんが今の話を聞いてどうしてそうなるのかがさっぱり分かりません」
本当に心底不思議そうに疑問符ばかりを頭に浮かべる総司に山南は目を丸くした。
「だって総司のその気持ちは恋だろう?だったらお嫁に貰ったら…」
「山南さん。私はお嫁を貰うつもりはないんですよ」
突然悟ったように表情を変え、諭すように答える総司に、山南は彼がそう答える理由を思い出し、「すまん」と謝罪した。
「いえ。…けど取り敢えず私も大人気無かったし…謝らないとですね…。山南さんに話したら頭が冴えてきました」
「そうか」
総司のすっきりした表情に、山南はほっと胸を撫で下ろし、「お詫びにはやっぱりお菓子ですよね」とまたうきうきと部屋を出て行く総司を見送った。
「…いい夫婦になると思うんだがなぁ…」
一人に戻った部屋で、山南は呟いた。
「沖田先生にセイはあげませんよ」
「ええ!?」
気配無く部屋に入ってきた人物に山南は驚いて後退った。
「富永君!いつの間に」
「通りすがりだったのですが、セイの名前が聞こえたので、失礼ながらこっそり隠れて拝聴していました」
「いや!今のは!」
「過剰な妹想いと嘲笑って頂いても構いません。今まではセイをまだ手元に置いておきたい一心で沖田先生と仲良くするのを邪魔してきましたが、沖田先生が本当にセイの事を娶る気が全く持って無いと分かった以上、これ以上セイにも深入りするなと注意します」
「それは止めてくれ!」
「嫁入り前の妹が男と遊んでいるだけでも風体が悪いというのに、更に傷付く姿を見たくありませんので」
「それには理由が!」
「どんな理由があるというのですか」
「取り敢えず、暫くは見守っていてくれないか?どうか今すぐ総司からおセイさんを奪わないでくれ!」
山南は懇願し、そして総司が嫁を取る事、女子を避ける事その理由を祐馬に話聞かせ説得をした。