サヤサヤと揺れる草花。
四季折々の花々が我先にと、年中咲き誇る色鮮やかな色で染まる庭。
神々が殺伐とした現実から一時の安らぎを求め訪れる油屋。
そんな神々へせめて僅かばかりの癒しになればと植えられた、全国各所から集められた草花。
郷里に想いを馳せ、優しく温かい夢を見られるように。
茂る草、咲き誇る花を愛で、その生命の輝きに希望を抱けるように。
ささやかな気遣いと、柔らかな優しさ。
その裏にはこの店の経営者湯婆婆の打算が入っていない訳では勿論無いが、それ以上に油屋は神々にとっての安息の宿となっていた。
鮮やかな色で染まる庭の奥へ入っていくと、やがて従業員の耕す畑と、豚舎が現れ、がらりと景色を変える。
そしてそこは、つい先日成竜の姿を成したばかりの仮初めの人の形を取った竜の青年と、この不思議の町に自ら赴く恐らく唯一の人間であろう少女が、日々の仕事の中で僅かばかりの互いの時間を共有する逢瀬の場だった。
人間の少女は、先日自分より高くなった目の高さに戸惑いを感じながら、注がれる視線を見上げ、笑みを浮かべる。
ほんの数日前まで少年の姿を取っていた、今は青年の姿を成す若い竜は、突然成長した己の体を扱いきれず、慣れない平衡感覚にぎこちない動きを見せながら、ついこの前まで己より目の高さが上だった少女を見下ろし、柔らな笑みを浮かべる。
「ねぇ。千尋」
愛しい想いを通い合わせたばかりの少女の名を、溢れんばかりの想いを込めて呼ぶ。
「・・・・なに?ハク?」
千尋は頬を微かに朱色に染め俯いていた顔をばっと上げ、己の名を呼ぶ青年の名を呼ぶ。
この動作一つ一つが自分を愛しく思ってくれての行動だったのだと分かると、余計胸が高鳴り、癖になりそうだと感じる事にハクは苦笑する。
「・・・どうしてこんなに間を空けているの?」
苦笑する彼が示したのは、二人の座る位置。
どう見ても、彼と彼女の間にはもう一人、人が座れるだけの幅がある。
二人は恋人同士のはずだ。
もう少し寄り添っても良いはずなのでは?とハクは思う。
今まで隣に恋人がいたという経験が無いから、確信できるものでは無いのだが、実際彼女にもっと触れたい、寄り添いたいという欲求が自然と彼の中で生まれ、彼女とこうして会う度に微妙な緊張が走り、その度に拳に力が入ってしまうのだ。現に今も。
この望みは千尋には無いものなのだろうか。
声に出さずに問いかけるハクは千尋を見下ろし、彼女を覗き込むと、彼女は赤く頬を染め俯くだけだった。